呑兵衛日記
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2002年05月16日(木)

もやしとほうれん草と油揚げのお浸し

酒をのむシチュエーションには、当然うまい酒とうまい料理、気の合う仲間もしくは恋人というのがいいなぁ。
うまい料理は、豪華な刺身や手の込んだ郷土料理なんていうのを想像するけど、そういったメインの料理の片隅にひっそりとおかれた、お浸しも忘れてはならない。

田舎のおふくろがよく作ってくれた、簡単でうまいお浸しの作り方を教えてあげるね。

(ここからは、今日のお料理もしくは3分間クッキングのBGMが流れていることを想像して欲しい)

用意するもの
 ほうれん草  3把
 もやし    1袋
 油揚げ    1枚
 しょうが   おこのみ
 めんつゆ   おこのみ

大きななべに、水をたっぷり入れ、ぐつぐつ沸騰させる。
沸騰したら、もやしの袋を「とりゃ!」と開けて、「それ!」と気合をいれて沸騰した湯にもやしを投入する。
その際、「とりゃ!」と「それ!」と言う気合を忘れてはならない。

時を同じくし、テフロン加工されたフライパンを程よく熱し、弱火で油揚げを空炒りする。
この時は心を優しくし、静かなオモモチで行うこと。
焦げないように、さりとてカリカリ感がでるように・・・
気性の激しい女性を優しくいたわる気持ちににているかもしれぬ。

もやしのゆで鍋に頃合を見計らって、お浸しの王様ほうれん草を投入する。
この際まちがっても、ほうれん草の株の部分を切り落として入れてはならない。
ほうれん草3把には3個しかない貴重な部分である。
しかも、ハッパ以上に栄養価の高い部分だ。
投入する際は、鍋で踊り狂うもやしの様子をしっかりと見つめ、隙をみつけて入れるのだ。
どこに隙があるなどと訊ねてはならない。きっとみつかるはずだ。
投入時の気合は「シャッ!」である。

再び頃合をみて、ゆで上がったもやしとほうれん草はざるにとり、すぐに水にさらす。
この行為を忘れると、あついお浸しを食べることになってしまうので要注意である。
その後もやしはそのまま、ほうれん草は食べやすい大きさに切る。
しつこいようだが、株の部分は絶対に切り捨ててはならない。
このときの気合は「うりゃ!」・・・でいこう。

さらにカリカリになった油揚げを細かく千切りにする。
細かくしすぎると、粉になってしまって油揚げ粉になるので注意が必要だ。

いよいよ最後の盛り付けだ。最後まで気を抜かないことだ。
もやし・ほうれん草連合は器の最深部に入れる。
この際もやしが最初とかほうれん草が最後とか、どうでもいいことにこだわらないように。
その後はカリカリ油揚げの千切りを投入する。その後は「サラサラ」と軽くかき混ぜる。
好みでしょうがのすりおろしを加える。
「おいらしょうがは嫌いジャケン、入れんもんね〜」などとのたまう輩は帰ってよろしい。

最後に、めんつゆを入れる。
この場合めんつゆはオリジナルのめんつゆが望ましいが、まぁニンベンのつゆでもよしとしよう。
なぜ、醤油じゃないのかって?
醤油のしょっぱさは、お浸しの優しさを削いでしまうからだ。
まるで純真無垢な女学生を、新宿歌舞伎町に置き去りにしてしまうようなものだからだ。
(う〜む、意味不明な比喩に、書き手のおいらも首をひねってしまった)

さていよいよ食する番である。
酒はビールでも日本酒でも焼酎でも構わない。
一口潤した後に、さあ召し上がれ。
この時の気合は・・・そんなものどうでもよいのである。

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2002年05月15日(水)

追想

今日はなんとなくアンニュイな気分だ。
そんなアンニュイな気分に自分をおいていると、ふと昔のことを思い出してしまった。

10年位前、おいらは行徳というところに住んでいた。
勤め先も近かったし、行徳に住んでいる大学時代の友人が勧めてくれた場所だった。
行徳は昔塩田だったところを埋め立てた部分もあるようで、海に向かったその土地は公園も多く、皇太子が雅子さまにプロポーズしたとされる、鴨場も近い。

びっくりしたのは飲食店がすさまじく多いことだ。
浦安・行徳の飲食店MAPなどもあり、飲食店をさがすにぜんぜん不便はなかった。
今の自宅に引っ越してきたときに、行徳で何件くらい飲みに行ったかを数えてみたら、なんと70件を越していた。
我ながらよく呑みに行ったもんだとも思ったし、行徳とはなんと飲み屋の多いところかと感心したりした。

数多い飲み屋の中でもおいらが頻繁にかよったところがある。
行徳駅の駅前通りにある「蔦屋」という居酒屋だ。
このホームページの「飲めば分かる図鑑」にも掲載しているので、あとで見てね。

脱サラのマスターはいつもニコニコしている方だった。
仕入れの魚が自慢でいい魚が入ったときは、丸ごとおいらに自慢げに見せてくれたものである。
特にまぐろは、特殊ルートで仕入れていたようで、つねに脂の乗った最高のまぐろを食べさせてくれた。
奥さんの「ママ」さんは、全然水商売風ではなく、普通のサラリーマンの奥さんといった感じでほのぼのとさせてくれた。
客もそんなマスターとママの人柄にひかれてか、若いサラリーマンが多かった。
おいらが行徳を離れることを言ったときに、とても寂しそうな顔をしたが
「自分の家を持つことはすばらしいことなんだよ。元気でがんばりなさい」と
まるで父親のように言ってくれた。

引っ越した後半年して、再び蔦屋を訪れた。
ママとお手伝いの女性が、まだ客の少ない店内で、それでも忙しそうに働いていた。
ママはたいそううれしそうな顔をしてくれ、「ゆっくりしていってね」と声をかけてくれた。
マスターが出てこないのが不思議だったが、奥で仕込みでもしているんだろうと思っていた。
ふと、お手伝いの女性にマスターはどこに言ったのか問い掛けたところ、女性は不思議な反応をした。
一瞬、ママに助けを求めるような視線を、カウンターの中に飛ばしたのだ。
5,6秒の試行錯誤の後に出てきた言葉は
「・・・実は、マスターは先月亡くなられました」
!!!
ほっぺたをいきなり張られたようなショックだった。
常連だった頃、いつも気さくに話してくれたマスターが、今はもういない人・・・
帰りの電車の中で手帳に、マスターに向けたメッセージを書いた。
最後の1行、「あなたに会えてよかった・・・」と書いたとき、不覚にも涙が流れてきた。
涙が止まらなかった。電車の中だったけど、そんなことはどうでもよかった。

行徳の蔦屋は、その暖簾をママが一生懸命守っていると、行徳に住んでいる友人が教えてくれた。
仕事場もかわり住まいも変わって、行徳から足が遠のいてしまったが、ふと思い出したことをきっかけにまた行って見よう。
あの当時、あの雰囲気のまま、蔦屋はそこにあるはずだから・・・
そして、そこにはきっとあのマスターの笑顔が、永遠の思い出として残っているのに違いない。

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2002年04月14日(日)

花のない花見

すでに花見の予定は2月の後半には決まっていた。
4月7日。場所は富士見市せせらぎ菖蒲園。
ところが思いがけぬ暖かい冬に、何を勘違いしてしまったのか、桜前線は平年より2週間も早く訪れ4月を迎えたときにはすでに去ってしまっていた。
もうこうなったら開き直っちゃうもんね。
花なんていらねぇや。酒とつまみさえあればいいんだもんね、俺たち・・・と、雨予定の4月7日を1週間延期し今日のこの日を迎えたのである。

メンバーは、おいらがよく行く松山のマスター、ママとその常連。
常連が連れてくる子供たちも参加し20人以上の人数となった。

このメンバーの宴会の醍醐味は再三この日記にも書かせてもらっているが、料理の豪華さにある。
まず最初は4台用意した炭火バーベキューセットの2台を使った海鮮料理からだ。
サザエの壷焼き、ホタテ焼きは焼いている匂いだけでもよだれが出てくる。
春の穏やかな朝にサザエ、ホタテの焼けるにおいはあっというまに広がっていく。

続いて、肉のぎっしり詰まったスペアリブ。
あらかじめ仕込んであったようで、かるく炭であぶるだけで大量の肉汁がにじみ出てきて、食すると野生に帰ったような気になる。
子供も大人も真剣に肉と格闘している。

さて、いよいよ真打登場!!
なんと、なんと牛肉の霜降り肉のステーキである。
レストランなんかで食べればン千円からン万円もとられそうな一切れ400gくらいあるような肉がどんどん焼かれてくる。
肉が焼かれた瞬間、まるで人気芸能人の記者会見のようにカメラのシャッターがバチバチきられる。
ニンニクと一緒に鉄板で焼かれるものもあれば、備長炭の炭火でじっくり焼かれるものもある。
これをマスター特製の大根おろしのたれで召し上がるのである。
うっほほ〜!おいら痛風のことなんて今日だけ忘れるモンネ、と都合のよいことだけ考えて貪り食っちまった。

かなりの満腹になったら今度はカキ氷が始まる。
ブロックの氷を、あのぐるぐる回すカキ氷機にかけて、マスターがガシガシ作る。
子供たちは各自の器をもってならんでいる。
さながら夏祭りのようである。

その後は具ががっちり入った焼きそば。
もう満足だ〜と思っていると、マスターの姉夫婦が特製ちゃんちゃん焼きを作り始める。
通常のちゃんちゃん焼きと違い、鮭に特製の味噌を塗っただけのシンプルなちゃんちゃん焼きだが、この味噌がミソ(なんちゃって)!
満腹の腹にきちんと入る、香ばしい焼き物でありました。

おっと、酒のことも忘れちゃいけません。
ビールはしっかりと生ビールサーバが持参され、生ビールは飲み放題。
おいらは持参した八丈島の島酒をかっくらい、昼からペロペロ状態になったのであります。

春の暖かな一日。
風に吹かれながら、あなたもペロペロになってみてはいかがですか?

・・・こんなことばかり書いてたら、そのうちみんなにぶっ飛ばされるか、痛風再発になったりして・・・
・・・まぁいいか、呑兵衛日記だもんね

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2002年03月25日(月)

八丈島 かつお島酒ぶらり旅 その3

昼飯というか昼の宴会を終えた我々は、バスに乗り込んだ。
最終日だから空港に向かうものと、その後の便にのるものと2通りに分かれる。
なぜかおいらが乗る後便の連中は、宴会大好き連中ばかりが残ることになった。

バスはいろんなチームがごちゃ混ぜになっていて、さながら社員旅行のようになっている。
試合に疲れて寝込んでいる奴等もいたが、大体の人間は宴会大好き人間なので、島酒の入っているコップを手放さない。
挙句の果てには我がチームの監督がバスガイドというか、盛り上げ役を自ら買って出たため車内は再び宴会会場と化して行った。

我々は八丈島にある「見晴らしの湯」に行くことになった。
八丈富士をぐるっと回ったところにある見晴らしの湯は、景色絶景ということで知られているという。
小一時間ほどかかり、目的地に着いた。
断崖絶壁の上にポツンとたたずむその温泉は、なるほど絶景である。
おいらは入湯料を支払い、風呂場へと入っていくと、内湯には誰もいない。
露天があるようなのでそちらに向かうと、すでに我々メンバーが放心した表情で風呂に入っていた。
ちょっとヌルメの風呂から見渡すその景色は・・・
断崖絶壁の露天から見渡す風景は一面の凪いだ海。
はるか水平線がしっかりと見え、真っ蒼な空と真っ青な海がしっかりと交じり合い、すさんだ我々酔っ払い連中をすっかり癒してくれる。
海鳥は鳴き、風はやわらかに吹き抜け、このまま時が止まってくれればいいなぁ、などと柄にもなくセンチになったりしてしまう。
ところが岩場を隔てて女子風呂があることが分かり、我がチームの若者が突入を試みたが、なんと男湯と女湯の間にある談話室から丸見えになることがわかり、残念ながら突入を断念せざるを得なかった。

風呂をでて駐車場で記念撮影なんぞをして空港へ向かう。
帰り道も我が監督が爆笑ガイドとなり車内を盛り上げたところ、今まであまり我々と交じり合うことがなかった最優秀チームの硬派監督が、実はとても楽しいオカマチックな人だったことが分かり、さらに盛り上がってしまった。

みやげ物の島酒を買い、飛行機に乗り込み八丈島を後にする。
たった2日しかなかったが、とても楽しい経験ができたよ。
この島はあと数日もすると完璧な春が訪れ、長い夏を迎えることになる。
台風に悩まされる猟師の人々、それを助ける家族、また釣りやダイビングを楽しむ観光客、いろんな人が思い思いの日々を過ごすのだろう。
また来年も来たいなぁ。と、小さくなる八丈島を見ながら思ってしまったよ。

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2002年03月24日(日)

八丈島 かつお島酒ぶらり旅 その2

二日酔いというものは、飲みすぎれば必ず経験するわけで、大抵の場合は前日の飲みすぎを後悔することになる。
ご多分に漏れず、島酒をロックで飲みすぎたおいらとしては、忘れかけた夕べの記憶を掘り起こしながら、クサヤくさい部屋の中を見渡した。
「惨状」と言う言葉がぴったりだった。
島名物のクサヤはものすごい臭いをだして大量に残っているし、島酒のビンはたいてい空になっているものの、畳にしっかりしみこんでいる。
訳のわからないつまみが、いたるところに散乱し、その中で大の大人が4人大いびきで寝ている。
東京では杉花粉絶好調のこの時期、八丈島はフリージア花粉の大盛期だそうだ。
おいらは平気だったけど、まだ若い「まっちゃん」は両鼻にティッシュをつっこみ息苦しそうにしていた。

野球の試合も2日目の最終日。
今日は午前中3試合が予定されていたが、おいらたちは1試合終わってから、また宴会モードに突入していた。
最終試合は紅白戦の予定だったが、「いいの、いいの、飲んで踊っちゃいましょう」という、監督指令の元
若手はグランド近くのスーパーに買い物に行き、おいらたち中年軍団は、再び島酒を手にし
「まぁ、まぁ」などといいながら、酌み交わし始めた。
若手が買ってきたスーパーの刺身はものすごいボリュームで、かつおは当然、まぐろも蛸もフルスペックで入って5千円分。
蛸がうまいのなんのって・・・
「おい、かつお、蛸に負けてるぞ」といいながらひたすらむさぼり食らう。
今朝の反省はどこにいったのか、浜風に吹かれながら、また混沌とした酔いの中に入っていったのだ。

だけど、旅はまだつづくのだ。

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2002年03月23日(土)

八丈島 かつお島酒ぶらり旅

常夏の楽園と思ったのも束の間、八丈空港を降りると冷たい風がしみた。
去年のこの時期も同じように寒かったのだという。
野球の試合に来たんだけど、これはやっぱり一杯引っ掛けるべきでしょう・・・
と、わけのわからない理由をつけて飲み始めてしまう。

その日の夜は野外での宴会だった。
島酒(八丈では地焼酎を島酒と呼ぶ)はクセのある焼酎だが、とてもうまい。
調子に乗って飲んでいると完璧にぶっ倒れてしまう。
が、しかし、なんと、かつお食べ放題!
かつおサバキ人の包丁さばきは絶妙。
しかも島トウガラシをつけこんだ醤油に、スライスしたニンニクをのせて
食べるかつおのうまいことよ、あんた。
年下の友人は多分一人で1匹食べたろう。
実はマヨネーズ醤油につけても、最高にうまいんだけどね。
かつおはどんな食べ方をしてもうまい!
おいら30歳前半まではかつおなんてうまいと思わなかったけど
いや〜いいですね。

もうひとつ感動したのは島寿司。
わさびではなくカラシがついているんだよ。
最初はギョ!っとしたけど、カラシがあう。うまい。
なんでカラシなんでしょう?

夜になって風がおさまると、やっと南の島に来ている実感がわいてくる。
島酒をやりながら、かつおを食べ、島寿司を食べながら空を見上げると
満点の星が瞬いていた。

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2002年01月02日(水)

すき焼き

狂牛病騒ぎで牛肉を食べる機会がかなり減ってしまった。
ちょっと怖いけどやはり牛肉は捨てきれない。

雪の山形は寒いし、世間は正月なので夜はすき焼きにした。
(何の関連があるのかはおいらにもわからんけど)

実家の家族4人とわしら4人の大人数だ。
鍋奉行は当然おいらである。
肉は当然山形牛。
大量に購入してあった。
ちまちま肉を焼いたりしているとおやじがハシをうばいとり
「面倒なことしないでこうやれ!」といってすき焼き鍋からあふれるくらいの肉や野菜を投入した。
なりふりかまわず、肉をむさぼり食らう。
焼酎もロックにして、飲んで食って幸せな気分になった。
正月にすき焼きもいいもんだねぇ。

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2002年01月01日(火)

2002年あけましておめでとうございます

1月1日から山形の実家に帰った。
地元の新庄駅では弟夫妻が迎えにきてくれていた。
去年に引き続き雪がものすごく多い。
翌日、翌々日はものすごい雪だった。
明け方窓を開けてみたら、向かいの家が降る雪に隠れて見えないくらい。
朝、おやじと一緒に雪かきをする。
いくら雪を払っても、どしどし降ってくるんだからいやになってしまう。
見切りをつけて家に入るとすかさずおやじが、
「飲むべ」
まだ昼だけど早速飲み始める。
雪かきなんて、飲むための準備体操みたいなもんだな。

と、こんな風に呑兵衛の新しい年が始まったのである。

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