患者さんの声



  開院から10年以上が過ぎましたが、定期検診に来られています患者さんのなかから、とくにお口のなかに様々な問題をかかえた患者さんで、当院が責任をもって全体的な治療をさせて戴きましたかたにつきまして、治療後の経過を患者さん自身の声としてアンケートのかたちでまとめて見ようと思い立ちました。 僭越ながら別個に原稿用紙も同封し可能なかたには治療前後の率直な感想なり、歯科に対する考えをおまとめになり、郵送にて返送を頂きましたものが下記の記述です。(平成10年〜11年) 一部追加(すべてイニシャルにさせていただきました(平成15年3月))。経過年数はこれまで3年から4年前のものを記載していましたが、平成15年11月現在におきかえさせていただきました。 
 *
平成15年度12月をもって医院移転とHPの更新はこれをもって終了させていただきますので現時点(平成15年11月10日)での決して完璧ばかりではない”その後”の記録も追記しておきます。 長期経過の成績としては単純症例がありませんことを考慮すれば outstanding jobなのかもしれませんが。。?


患者さんの言葉


歯の健康管理

 人間は成人になると年一回必ず健康診断を受ける事に異論はないと思います。 しかし必ず抜けている部分は歯の健康です。 この部分は各自が自分の責任でやらねばなりません。 私も歯が痛くならないと歯医者に行きませんでした。 やっぱり50歳の声を聞くと同時に前歯がぐらぐら、お決まりの歯槽膿漏になりました。小笠原先生に診断していただき入れ歯をする時期かと半ばあきらめていました。 しかし、歯茎の治療と自分の歯に義歯をかぶせる事で見事に完治し、毎日おいしく食事が出来て身も心もすっきりしています。 特に沢庵をボリボリ食して入れ歯の妻がうらやましがっております。 完治後も半年に一回必ず定期検査を受け毎日楽しく過ごしております。 あと2年半で60歳の定年ですが、目の衰えは早いのですがお陰様で歯だけは丈夫で本人もびっくりしています。 ひとえに小笠原先生のお陰です。話べたでお世辞の一言も言えない先生ですが診療の腕はピカ一であると思っています。 歯の健康は人生を楽しくします。 まずじっくりと先生と相談して,又、死ぬまで自分の歯で人生を送りたいと思っています。
*修復治療後12年経過で一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。 現在市川市から半年に1度検診にお見えです。

初老のサラリーマン(市ヶ谷勤務 修復治療後12年経過)

 


 
 貴院での治療には、以前の歯科大や他の歯科医院での場合よりも、ずっと満足しております。 「歯科名医ガイド」により貴院を見つけて通った甲斐がありました。 歯科医の技術や指導に大きな差があることを再確認させられました。 人間、年を取るほどに歯が悪くなるものでしょうが、それを少しでも遅らせるためには、本人の努力・自覚も大切ですね。 私の場合、就寝前の歯磨きを怠りがちですが、これからは必ず励行しようと思っております。
*ここ2年ほどの検診がありませんが、広範囲の修復ではないのでお元気なら問題はないでしょう。


SK(文京区勤務 修復治療後6年経過)

 

歯科医のつぶやき

  私は地方で開業している一歯科医である。 それゆえ、患者としての治療状況を把握する能力は一般の患者さんより少しは上だと思う。また私は小笠原歯科を受診する前はやはり私の開業地が含まれる地方県で、子供の頃から優良患者として地域では歯周病またはスペースライン(先端的水平位治療)の導入者としても有名な先生にかかっていた。しかし、そのようなゆうめい先生の治療した私の口の中は悲惨の一言だった。でも最後の希望は“ガメラ”ならぬ小笠原先生で、見事口腔内は復活した。 氏の、もっとも歯科医としてよいところは、やはり基本ができていて、応用(アドリブ)もこなせるところであろう。

閑話休題

 近年、患者が歯科医を選択するようになったといわれる。昔は、特に地方県の郡部など、そこに治療に行くしかないという受診の仕方が多かった。 かなりの変化である。 しかし、歯科医師過剰とマスコミが煽ろうが、厚生省がラッパを吹こうが、私は歯科医師は今だ不足だと思う。 つまりは、高い技術があり人格的に良好なドクターを探すのがディフィカルトなのである。 しかしながら歯科医も人の子なので、自分の仕事に価値観をもってくれて自己管理のできる患者さんを、好ましく思い治療をしているものなのであるが。
*修復治療後16年経過で20本近い歯の治療で一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。 時々秋田から研修会と称して上京します。

歯科医師(秋田市 修復治療後16年経過)

 

追伸
  昨年度は義母の総義歯をつくってもらって有難うございました。 ずっと秋田住まいなもので大規模なのが多い地方と違ってそちらの医院が小さいのが意外だったようですが、家賃はそっちのほうが高いと言っております。 件の義歯は私には超難症例(特に下あご)で、義母は自分の状態をかえりみず今までなにかと不調を訴えていました。 にもかかわらず、今回は無調整で文句も言わずなんでも食事しているのをみると、小癪に感じないわけではありませんが、紹介して東京まで連れてった甲斐があったものです。 小笠原氏の土曜日たった4時間の仕事で、出来上がったのを3週間後に私が入れるだけといった荒技?だったとはとても考えられません。 印象(かた取りです)から前歯の人工歯排列までをひとりで一気にこなし、その間技工士顔負けの早業で私が大学で習ったきりのステップをテキパキ済ましてしまい、仕上げは非常に上手なラボに出すといった按配。 ラボから宅配してもらった義歯を見たら入れる前から使えそうなのは分ってましたが、蝋義歯の段階で確認に送って寄越したきりで、一度も途中チェックなしのくせに、”大家”でも数ヶ月かかるるだろう義歯がこうあっさり入ると恐れ入ります。 貴殿にインプラントなど必要ないでしょう(full mouthを見せてもらったけど。)。 数年前にパソコンをやっとこさ買ったと思ったら今ではスゴイことをしているようなので、学生時代は全然努力家でもないのに、その学習能力と集中力には舌を巻きます。 いつも何事も無かったような顔しているので本当は患者もなにも分っていないのかもしれませんが、それも良しとするのが氏のダンディなとこなのですが、相変わらずかざりがないので今後ともお金には縁がないでしょうな。
*本年度はじめに検診に来られた後、夏ごろご病気を患われ、まだ退院されて間もないそうです。 ご健康の回復をお祈りいたします。

 

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 友人の紹介で私が小笠原歯科での治療を始めたのは7年近く前になります。 それから中断もあり実質1年半以上足掛け5年近くの間に、結局気にかかっていたすべての歯を治すこととなりました。
それまでは歯ブラシはちゃんとしているつもりなのに、治療が終わっているはずの歯の根元があちこち腫れる、痛むを繰り返し。 かぶせた歯は見た目にも自然な美しさにはほど遠く、噛み合せも不安定な状態ですから、歯の治療はこんなものかと思いつつも我慢は限界に来ておりました。

 
  現在はたくさんの治療をしたのが嘘のようにすこぶる快適な生活を送っておりますが、 歯のことを全然気にせず毎日を過ごせるということは、当たり前のようでも素敵なことです。 また、ひとと会っても以前は手を添えたり、俯き気味になったりと知らず知らず口元を気にしていたのが、今では正面を向いて大きな口で話ができることに心地よさを感じます。 でも誰かに歯が綺麗と褒められようものなら、私をよく知る仲間が横から口出しするのには閉口いたします。 

 とは言え、実際の治療のほうは生半可なものではありませんでした。 私の年齢では殆どフルコースの内容らしく徹底的に白黒をつける治療のようでした。 すべてのかぶせものと根の治療のやり換え。 なおりの悪い歯を抜いて直接患部を処置してまた元に戻す、 義歯になりそうな奥の歯を親知らずと交換する(これらは自家歯牙移植と云うそうで、この部位は5年間まったく問題がなく使用しています。)、 上の前の歯の再治療では生え際のバランスのため歯肉を一部整形する、下の変色した歯には漂白等々。 最終段階ではスプリントという器具を使い下あごのズレを戻したりと本当に盛りだくさんでした。 よく辛抱が続いたものです。

”歯は治療をしたってもとに戻るわけではないから、まずは歯を悪くしない。”というのが歯医者さんの本音だそうですが、 ”もう、悪いのです。”という患者の訴えを解決してくれるのが良い歯医者さんで、治療したところがどんどん悪くなるのを悪い歯医者と割り切れるかしらと思いきや、努力が無駄になる場合もあれば、”ある医師の治療が芳しくないとしても多くは悪気がない。 なぜなら自分の愛すべき子供にも同じような治療をしたりしいるのだから”云々。。。と先生はクールに笑いをとり、ちゃんとした奴がなおそうと思って治療しなければ、治療をしたといってなおるものではないそうで、それは今回了解できました。
 
 蛇足ですが,先生が武士は喰わねど高楊枝の典型なのはわかりますが、ご自身の貧窮ぶりをおもしろおかしく聞かされのには、私がより貧しさを与えているのではとうすら寒い思いもいたしました。 本当かウソか勤めている方には以前より業界きっての待遇で接しているそうで、ひとの良さで人材はあつまらない由。 歯科治療は日本の稲作のようなもので、多くの人手とコストがかかるため、常識人が納得するような治療費用で治療の質を確保したら、遊興費や車代などでないし自分に老後はないとのたまう小笠原先生です。
*すべての修復(20歯くらい)治療後6年経過です。 1本の歯も失っていただいておりませんが、根管治療の問題から、抜歯再移植した歯の吸収が認められ、将来何らかの処置が必要と考えられます。 

世田谷区女性 修復治療後約6年経過

 

 治療前後の感想をとの事ですので記します。 歯肉が腫れたり、口臭がしたりで、人前に出るのが嫌で大変困っておりました。 意を決し小笠原先生の所に治療に参りましたのが六年位前だと思います。 治療後、歯が生えてきた様に違和感無く、毎日快調に生活しております。 感謝あるのみです。 さて、この快適な生活も歯の健康からですが、それには定期検診と毎日の適切な歯磨きであるとの先生からのお話。 歯磨きにおいては意志の必要性を痛感致しました。 如何に永くこの快適な年を重ねて参れるか、頑張ってみようと思っています。 最後に、小笠原先生に新しい歯を下さった事に感謝して終わります。
*修復治療後10年経過で治療した上顎すべての歯は一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。 将来治療必要と考えられた下顎臼歯部位は1歯抜歯し、3歯ほど途中時点で修復しましたが、それを含めても8年くらい無傷で経過しております。 特に歯ブラシには熱心なお方です。

KM(川越市 修復治療後10年経過)

 

 私の場合は他の患者と異なり技工士から紹介してもらい、ある程度の治療内容がわかっておりましたので、セット迄何も言わず治療を受けようと決めておりました。 振り返ってみますと、せっかく矯正していただいたのに印象からセット迄、時間が空いたのがとても残念に思います。(製作技工士の病気入院で復帰に約2ヶ月がかかり申し訳ありませんでした。)治療内容においては、とても満足しております。 あとは麻酔時の痛みが少なくなればと(すみません)思います。 診療室を見ておりますと、意外と女性に麻酔を怖がる方が結構多い様に見受けられます。
*修復治療(15歯分)後11年経過で将来抜歯が必要だろうとされた、口蓋根のみ残した上顎第二大臼歯は2年前に抜歯しました。

大型歯科診療所技工室主任(修復治療11年経過)

 

 先生に紹介される前は十年以上他の先生にかかっておりました。 なかなか思うようにならず、前歯が出っ歯になったり、肉等は噛めませんでした。 よくよく悪くなって薬局のご主人にお聞きしましたら、小笠原先生が若くて上手だから、かかりなさいと教えて頂きました。  平成4年から現在まで治療してもらい(この7年は半年に一度の検診)義歯を上下作って戴きましたら、一回でぴったりと合いました。 何年たっても何の違和感もなく何でも食べられます。 本当に有難うございました。
*修復治療後11年経過で、根のみ残していた上顎の前歯1歯と、歯根の割れた下顎1歯を1年前に失いました。義歯は修繕してお使いいただいておりますが、もともと数本の歯しかなかったため安定感は少し落ちたように認められるのが残念です。

OT(川口市 修復終了後11年経過)



 若い頃より歯が悪く歯医者さんとは縁が切れませんでした。 何故抜歯?と思う事もありましたが、次々と歯がなくなりそのうちに下の歯は総入れ歯となり、歯茎が浅いのかひっかかりがない故で口の中に石ころを置いている感じで常に歯は動き、食事は勿論会話すらままならない状態でした。 幾度となく作り直してもくしゃみをすると口から飛び出すのではないかと思うくらいで本当に悩んでいました。 そんなとき娘の知人で歯科医療に詳しい方に相談致しましたところ小笠原先生を紹介して下さいました。 でも私はインプラントつまり人口歯根の治療法に不安一杯でした。 ところが治療が終わると今までの義歯と違い勿論動く事はなく、長い間夢だった沢庵をポリポリ、固い煎餅もバリバリと、まるで自分の歯そのものになったのです。 それに驚いたのはチューインガムが歯にくっつかないのは本当に不思議です。 私もそろそろボケを心配する年になりましたが、この歯で固いものを噛み老化減少を忘れる老後を迎えたいと思います。 年2回の検診を受け安心して美味しい食事を頂く事が出来る幸せをしみじみ感じています。 そして医学の進歩と申しますか高度先進医療と、小笠原先生にめぐり会えた事を心から感謝しうれしく思っています。先生本当にありがとうございました。
*修復治療後7年経過でほとんど変わらない安定した義歯をお使いいただいております。 クリップ式のアタッチメントは治療後5年で交換。

MT(船橋市 修復治療後7年経過)

 

 娘時代の私は母が驚くほど歯磨きをよくするのです。当時の歯科医さんは今のように磨き方の指導など全くありません。 私は強くブラシを使って歯のホウロウ質を減らしてしまった様です。私の歯は弱く虫歯が出来るとすぐポロポロと欠けるのです。歯医者さんと縁が切れないほど治療に通いました。 義歯も完璧とはいかなくて堅い食べ物を敬遠するようになりました。 そんな折近所に小笠原歯科が開院されましたので思い切って先生に相談しました。 先生はお若くてとても実直な方で安心しました。 技術的には残った歯の位置と状態が悪くむずかしいと、ちょっと考えてから、私のアゴがやせているけど人工の歯を1本だけ使って義歯を作ることを引受けて下さいました。 歯学も進んでいるので、新しい方法でやって頂けるとすべて先生を信頼しておまかせしました。平成4年5月の事です。 何回かの通院の後、本義歯が出来上がり、上下を納めた時のピッタリ感と口元の感じ、今でも私が義歯を入れている事に気がつかない友人もいます。それに年2回の定期検診を受けて絶えず調子を見て下さること…。 それにたいがいの物は噛む事が出来る事は有難く思っています。
*修復治療後11年経過で、1年前に根のみ残していた上顎の前歯1歯の義歯維持装置を作り変えました。 義歯の同部はそのまま修繕してお使いいただいております

千代田区主婦(修復治療後11年経過)

 

 マラソンやトライアスロンを趣味にしておりますがこの2つのスポーツは練習が大切です。 良い練習を行うと歯肉が腫れ、出血を繰り返しましたが小笠原先生の所で治療を行ってからはハードな練習をしても、レース後に好きなお酒をたらふく飲んでも、歯肉が腫れ出血するような事はありません。 また自己記録も40歳を過ぎても更新中です。思えば4、5年前自宅や職場周辺の歯科医からは見放され、入れ歯にしましょうと言われ悩み続けた事を。 それが家内の知人の紹介で小笠原先生の扉を叩いた日、わらをもつかむ気持ちでした。 じっくり患者との話から入り納得できた事を。 1年以上かかった治療は、奥歯を分割して移植を行うという、今までにない斬新な治療でした。それは時間もお金もかかりましたが、今では幸福感でいっぱいです。 この今の気持ちを忘れずに歯を大切に守りたいと思っています。全ての元気の源は健康な歯からだと言っても過言ではないと言えます。
*修復治療後7年経過。 スポーツマンで夜間の噛みしめも強いようで、最近になって将来保存困難と考えられた歯の抜歯や歯根の破折もあり、オーバーホール的な治療を準備させていただいております。 

HH(武蔵村山市 修復治療後7年経過)

 

私は、もともと前歯にすき間があり、いつも口をあける度に気にしていました。 他の歯科では一時しのぎ的にすき間に詰め物をして処理していましたが、小笠原歯科に通うようになってから、基本的に歯の矯正(歯に金具をはめる)を2〜3ケ月、していただき歯のすき間を極力つめきれいにすき間のない歯並びにしていただきました。 それからかれこれ10年経ちましたが、今では時々歯のクリーニングと歯石取りに通う位で丈夫でながもちしております。 あの時、基本的な処理をしていただいた先生に感謝しております。
*修復治療後13年経過で治療したすべての歯は一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。 

MK(習志野市 修復治療後13年経過)

 

 近くの歯科医院ではじめて総義歯を入れた時、話しずらく食事もうまく食べられず難儀していました。 それを知って友人が小笠原歯科さんを紹介して下さいました。 其の後今の義歯を作っていただき、それから11年たちますけれど、自分の歯同様何でも食べられ話もしやすく、それだけでも毎日が気分よく暮らせます。 昔の友達にも義歯とは思わなかったといわれ、とてもうれしく思いました。
*修復治療後15年経過で、4年前に磨り減った臼歯を陶器の歯に置き換える修繕をして、その後も安定した義歯としてお使いになられています。 総義歯は歯を取り替えれば25年くらいは使えるように考えられます。 

MM(松戸市 修復治療後15年経過)

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 先生の処に通院し始めてから7年にもなると聞かされてびっくりしました。と言ふのは、それ以前は虫歯はあまりありませんが、歯茎が腫れて痛くてたまらなかったことが度々、その都度歯科医を訪れては治療してもらひ、先生の処で治療して頂く前の状況になった次第ですが、この5年間は全くそう云ったことは無くなり大変感謝しています。その後3ヶ月毎の点検に通っていますが、毎回同じ注意を受けて恐縮しています。以前に比べて問題が発生しないし、3ヶ月毎と言ふのが早期発見と言ふことで役に立っているのでせうと自分で安心しています。 今後とも宜しくお願い致します。
*修復治療後10年経過で治療したすべての歯は一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。 

HJ(豊島区 修復治療後10年経過)

 

 ア ッ!さし歯がとれた!ブリッジ出来る自分の歯が無い? 「入れ歯にしましょう」という事で先生が顎つきの仮義歯を口の中にセットして下さった。 途端にゲッ!とても耐えられなかった。 「先生、何とか取り外さないで使えるものは出来ないんですか?」  その時は悲鳴に近い質問だった。 自宅を売って荻窪へ移る予定にしていたので、お金の入る目処はある。いくらぐらいかかるのか分からないけどあの嫌な気分には耐えられない。 「先生お願いします。」 それから一年以上の期間の治療を経て私は口元美人に変身したのでした。そして何より嬉しかったのは固いもの(せんべい他)がバリバリ! また、チユーインガム(同年代の人は入れ歯にくっ付くからと敬遠)など色々の食べ物の食感が楽しめるようになった。「あなたが十年若かったら、もっと綺麗にしてあげられるのにね。顎の骨がやせているので。」「じゃあ十年早く先生に巡り会えたら良かったのに。」「でも、その頃まだこのような技術は修得していませんよ。」なるほどと先生との巡り会いと出来映えに感謝したものでした。 そして六年が経って、あの頃の口の中の感覚を思い出そうとしてもまるで忘れている。 そして今まで故障もなく過ごせた事は先生の技術のお蔭と感謝し御礼申し上げます。 ありがとうございました!!
*修復治療後11年経過で、2年前、治療した上顎大臼歯を1歯失い部分的な再治療を追加しました。 まだ義歯にはならずに済んでいただいております。 

SH(杉並区 修復治療後11年経過)

 

 

親切。 丁寧。 感謝しております。
小笠原先生
兄がお世話になります。
宜しくお願い致します。

ST(三鷹市 修復治療後8年経過後残念ながら最近お亡くなりになりました。)

 

 今迄、他の歯科医院に通っていましたが、義歯がすぐはずれやすく、何回直してもうまく行かずかなりのお金もつかいましたが、困っておりました。 小社の社員佐藤が、小笠原さんへ治療に伺い良かったと言う事を聞いて私もすぐに伺いました。 小笠原先生の確かな技術で、しっかりと義歯と歯肉がかみあい、以後全く不便を感じなくなりました。 今迄歯科さんへは4軒換わりましたが、最高の技術を持った先生に出合い誠に有難く思っております。 これからも面倒を見て下さるようお願い致します。
*修復治療後11年経過で治療したすべての歯は一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。 

FK(市ヶ谷自営 修復治療後11年経過)

 

 子供の頃から歯には苦労しておりましたが、幸い友人から大変良い治療をして下さるお医者様がいらっしゃるわよ!是非御一緒しましょうと声を掛けて頂き半信半疑でお伺いしたのが小笠原歯科でした。清潔感あふれる院内と親切で大変気持ちの良い助手の皆様、そして腕の確かな先生に助けられ、デコボコしていた私の歯が見違えるように生まれ変わったのには感激でした。今でも親族や友人たち、私の以前のひどい状態を知っている方々は小笠原先生のところへ行って良かったネと言っております。改めて先生やスタッフの皆様に、又紹介して下さった友人にも感謝しております。
*修復治療後8年経過ですが、3年前から上京する用事がほかに無くなったため、問題がない限りは検診は地元の他院で行っていただくようになりました。 

KK(黒磯市 修復治療後8年経過)

 

「治療を終えて」

 私が治療終了してから1年程たちました。 毎日、おいしく物が食べられ幸せを感じます。 小笠原先生に出逢えなければ歯が未だに私の一番の悩みだったでしょう。 左右の両方の奥歯でよく物がかめると言う事がこんなに大切で気持ちがいい事か実感しています。  治療始めの頃は処置の前後に血圧を測り、酸素吸入器まで用意していただいて大変お世話になりました。 私が治療の一年前にくも膜下出血の手術と半年前に動脈瘤の手術を受けたせいでした。 その他にも治療の際には注意を払っていただきました。  今、私が一番気に入っているところは、かみ具合は勿論ですが口元の見かけです。 以前のように気にせず大きな口を開けて笑えるところです。  最後に小笠原先生はじめスタッフの皆様に大変感謝しています。
*修復治療後6年経過で、セラミックスの破折があったインプラント修復部位を預かり修繕をいたしましたが、ご自身の治療したすべての歯は一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。

TH(川越市 修復治療後6年経過)

 

 小笠原先生との御縁が出来ました事に主人は大変喜んで居りました。 長時間かけて治療してくださり、時には先生の御身を案じて居りました。 有難うございました。 私が診て頂く前の歯科は、義歯に使用する金を多く使っているので二十年以上、或いはそれ以上持つと説明を受け、確かに長期間手当てすることなくすごす事が出来ましたが、仕事に対し粗略の感があり、したがって時間が短く長期に渡り再度治療を受ける事にためらいがありました。 現在当歯科についてまったく不安はなく、定期的に診て戴く事を含め安心してお願いできる心境です。 義歯の調子も良く何にも申し上げる事はありません。 勝浦から遠距離になりますが出掛ける事が出来なくなるまでお世話になるつもりで居りますので、今後とも宜しくお願い致します。 他の先生方にも感謝しております。 ご自愛下さりお健やかにお過ごし下さいます様お祈り致します。
*修復治療後10年経過で、10年前に治療した上顎大臼歯1歯を1年前根破折で失い部分的な1本だけの義歯をお使いいただくようになりました。

NN(勝浦市 局所ずつの修復治療5〜10年経過)

 

 私には二人の子供がおりまして、もう二人とも成人して社会人として元気に働いておりますが、先日上の息子(工学部を出て鋼の会社に入って静岡の方の支所に勤務しております)が久しぶりに帰ったので皆で食事に出かけたところ、歯の話題になり「でもさー、子供育てる時偏差値より何より大事なものって目と歯の手入れの仕方だったんじゃないの。」って云われてしまいました。確かにもう一度子育ての機会に恵まれたら、今度は心してそうしようと…(あんたの子供で実験させて!!)思ったものです。本を読むのが二人とも好きだったもので、二人ともコンタクトをして歯も虫歯多少と八重歯まで作ってしまってます。アメリカのように小さな頃から本当に気を使って、きれいな笑顔には白い歯が似合いますって見本のようですものね。私の場合はよくぞここまで治して下さいましたって先生のご苦労に心から感謝しております。素敵な二人のスタッフと共に小笠原歯科に巡り会えて、本当に良かったと思っております。これからもどうぞ宜しくお願い致します。
*修復治療後7年経過で、治療したすべての歯は一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。

OK(川越市 修復治療後7年経過)

 

 治療をしても何年もつかは保証は出来ないと云われながら本格的に治療をしていただきました。 あれから、とうとう10年たちました。 一応10年を目標にして来たのですが、これから先も記録をのばしていきたいと思っています。 一般の歯科医院では虫歯とかは治療してくれますが、めんどうなのは、なかなか治療してくれません。 こちらの方もどこでどういうふうに治療したら良いのかわからないままにどんど悪くして、入れ歯と云うことになってしまうのではないかと思います。 私も、もしも先生に出合わなかったら、今ごろは総入れ歯になっていたかもしれません。 よく”出合い”と云う大切さが云われますが、身にしみて有がたく思っております。 一生懸命に治療して下さいました先生に大変感謝しております。 これからも、どうぞよろしくお願いします。
*修復治療後13年経過で、2年前には治療したすべての歯は1本の歯も失っていただいておりませんが、重症の歯周病であったため、数年後はどうかと考えられる部位もありましたが、遠方のためこの1年半は検診がないのが心配です。

NS(千葉県主婦 修復治療後13年経過)

 

  私共夫婦で治療して戴きまして、快適な食生活が送れる様になりました。 治療前の状態からしてこれほど迄に健全になるとは思いませんでしたので、直して戴いて本当に良かったとつくづく思ひます。
 超高度の技術による治療ですから、小笠原先生にお会ひ出来て実に幸運だったと、紹介してくれた妹にも感謝しています。
 二人共、約半年治療に通い、何不自由なく食物が食べられる現在ですが、治療に関して感じたことが二つあります。医師の技術はもちろんですが患者自身の気持ちが大切です。 最後まで完全に直して戴こうという決心です。 もう一つは医師の指示を忠実に守ることです!

SK、K( 府中市 )

 

歯の履歴書

 歯の質は遺伝すると思う。 父の自慢は歯医者さんに一度しか行ったことがないことであった。その一度は、結婚後、横向きに生えてきた「親知らず」を抜きに行った。それもなかなか抜けなくて歯を縦に四つに割ってやっと抜いたというのである。その時の歯医者さんの言葉は「旦那さんの歯はまれに見る良い歯だけど、奥さんの歯はまれに見る悪い歯ですネ」であった。実際、父の歯は色が浅黒く、「盛り蕎麦色」であった。その歯で好物の硬い炒り豆などをコリコリと噛んでいた。しかし「天は二物を与えず」の言葉通り、胃弱であった。だからこそ天は丈夫な歯を父に与えてくれたのかもしれない。 それに比べ母は総入れ歯であった。洗面の際に入れ歯をはずした母のおちょぼ口に大笑いした記憶しかない。父の話によれば、母は出産してから急速に歯が悪くなったという事である。

 近頃は様々な良いといわれる歯を磨く方法が唱えられ、素人は迷うばかりである。父はといえば、いつも、一番硬い歯ブラシを買わせ、それに歯磨き粉をコッテリと付けて、真横に勇ましく磨くのが朝の習わしであった。まさに歯磨きならぬ研磨そのものである。昼食や夕食の後に磨いていたのなんか見たことはない。歯を大事にする今の人たちが見れば失神しそうな光景である。それでも父は数本の奥歯が抜けただけで、82年の生涯を虫歯なしで全うした。

 さてこの両親から生まれたわれわれ姉弟の歯はどうであったか。姉は少女時代は小粒の形の良い歯が生えそろったきれいな歯並びであった。それが結婚し、出産すると中年の初めまでには母譲りの総入れ歯になってしまった。私はというと、お世辞にもきれいな歯並びとは言えない。上顎の前歯(切歯)は大きく、しかも3本しかない。残りの1本は場所がなくて生えるのを遠慮したらしい。その上さらに、歯医者嫌いときている。もっとも歯医者さん大好きと言う人も少ないのかもしれない。小中学校時代の歯の検診で虫歯を指摘されて、親に言われてシブシブ行くか、痛みをこらえ切れなくなって歯医者さんに駆けこむのが落ちである。そもそも、高層建築現場にあるクレーンのようなアームのついた器械にスイッチが入って、モーターに連動したベルトがブルブルと音を立てて回り出すと逃げ出したくなる。ドリルが歯を削るきな臭い臭い、いつ虫歯の穴にドリルが飛び込むかもしれないという恐怖に診療台のひじ掛けを握り締めた手のひらには、べっとりと汗がにじむ。とはいっても、古希を過ぎた年齢ともなれば、お世話になった歯医者さんは6人を数える。

 60歳を過ぎてから、歯肉の萎縮が進んで、歯がいやに長くなったように見えてくると、特に下顎の切歯はふらつきが激しくなり、終に力尽きて1本が抜けた。その前にも奥歯は軒並み満身創痍である。いよいよ入れ歯を作る決心をする。それも女房にヤイのヤイの言われての結果である。訪れた歯医者さんは昔ながらのたたずまいである。玄関のドアに付いたベルが鳴ると奥から私と同じ位の年齢先生が顔を出す。いつも一人で、黙々と治療をする。患者の私もしゃべらない。沈黙の時間が過ぎると、「明日また来てください」。少額の料金を支払って外に出る。そういう日がしばらく続く。そのうち抜歯をすることになる。歯周病を病んでいた歯はすんなりと抜けたが、半分に割れて残っていた上顎の犬歯などを抜くときには、先生も患者も気合いを入れなければ抜けなかった。やがて義歯が出来あがる日が来た。装着してみると何とも具合が悪い。その旨を告げると、先生は「慣れることですな」とすましたものである。

 その後、仕事にかまけて時が過ぎていった。テレビや新聞の入れ歯に関する報道に気を止めるようになった。それに関する技術は日進月歩のようである。「どんな悪い歯でも自分の歯は残し、それを生かして義歯を入れることが出来る」という報道を見て少し早まったかなと後悔する。その頃、息子の知人に熟達の技工士の方がいて、「どこの歯医者さんがいいか聞いてやろう」と息子が言う。そして6人目の歯医者さんとの出会いとなった。あれから時も経っていたが、前の歯医者さんに比べて今度の歯医者さん対照的だ。お医者さんは若い、美人の衛生士の方もいる。明るい室内にはグランドミュージックが流れる。いろいろな器具が取り付けられた診療台はソファー並み。口に溜まった唾液は口を開けたまま苦労して飲み込まなくても器械が吸い取ってくれる。最高級の材料で作った義歯は口になじんで、前歯でリンゴをかじることも出来る。父の懐かしい炒り豆を噛む音も再現できた。万事満足である。唯一の難をいえば、支払いに保険がきかないことだ。知人に費用を聞かれて、「口の中に車が一台入っています」と冗談を言う。考えようによっては、これで健康が維持できれば安いのかもしれない。

 何人かの歯医者さんにお世話になって、一つだけ疑問に思う事がある。子供の頃、虫歯にかぶせた金冠に穴が開いて新しくしたことがある。歯医者さんははずした金冠を「これが前の金冠だ」と言って返してくれた。また、昔の引き出しにはおばあさんのだという金冠が残っていたのを覚えている。返してもらった金冠は思い出みたいにしまいこまれているが、さてはずした金冠の所有権はどうなっているのだろう。これも子供の頃、待合室で診察を待っていた時の近所のおばさん同士の会話、「はずした金冠は歯医者さんの儲けなんだヨ」という言葉が妙に頭に残っている。
*修復治療後10年経過で、もともとのご自身の治療したすべての歯は一度も問題は発現せず1本の歯も失っていただいておりません。 義歯は着脱用のクラスプ(バネのようなもの)が金属疲労で1度折れ修繕しております。 より大変で広範囲の再建治療の奥様も一応完璧な状態で維持しています。
        

IH(目黒区 大学教員 修復治療後10年経過)

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お元気な方のお話


 定期検診は最初の数年は続くものの、だんだん来院が減る傾向なのが残念ながら一般的です。 治療結果に満足戴いておりました患者さんも60代以降の方では、再診率が年を追うごとに減ることも事実で、特に遠方より来院致します患者さんの場合等では、加齢や親族の介護、ご病気等が定期検診の中絶していく一番の要因です。 また、治療後問題がなければ安心のあまり億劫がられたり、あるいは費用がかかるのを警戒するかたもなかには存在するのでしょうか(当院は無償ですが)。 治療時の頑張りを無駄にしないためにも、定期検診は必ず守ってもらいたいものです。 

 さて、以上の感想は口腔内の諸問題に対し、応急処置や局所的な処置で終わるのでなく、全体的な処置をほぼ継続した治療でおこなったかたのお話です。  一般的に検診を守り再治療もないような健康患者さんはそれだけで、担当医との友好的な関係*を維持しているわけですのでこのような手記をすべてを鵜呑みにできないでしょうが、医院の診療内容を当事者から評価して戴く手がかりではあると思います。 すべての方が筆まめなわけではありませんし、プライバシーの表出もあり、ここに書いて戴いたのも一部の方であることを追記させていただきます。

(*私どもは事実に即した診断と治療法をご説明しても、得られる結果に過大な期待を抱かせるような誘導はいたしませんので、上記のほとんどの方はそれまでの経験をひきずり治療が始まる段階では疑心暗鬼でありました。 信用など最初からあるものではないのです。 医療供給者と患者さんに友好な関係があるとしたらそれは築かれるべきものと存じます。)

 

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